2006-11-12
今日の田園都市線アナグラム
今日は世田谷美術館に「ルソーの見た夢、ルソーに見る夢」を見に行きました。
妻によれば、日本で最初のヨガの先生がいらっしゃったので用賀という名前になったということを松任谷由実がテレビで言っていたとのこと。
真偽の程は不明です。
用賀駅から「いらか道」という道を歩いて行くと、環八通りに出るところに、三陽商会のアウトレットのお店がありました。
(帰りにここで買いまくることになるのですが)
予約は一杯だったのですが、予約を入れない席もあるので、そちらを狙って。
十分座れました。
食べ終わって12時に出る頃には、一時間待ちとなっていました。
作戦勝ち。
窓の外に見えた、実のなっている木を「あけび」だと見破った私は田舎の子です。
展示は良かったです。
今読んでいる「本の読み方 スローリーディングの実践」に、「作品内の5W1Hと作品の成立に関わる5W1Hとの両方を意識しておくべき」(118ページ)との記述がありましたが、絵画の鑑賞もそうですねぇ。
同時代に誰がいて、誰の影響でこのような画風になったかと考えるのも興味深いです。
終わって、砧公園に戻ってくると、桜が咲いていました。
「ジュウガツザクラ」という種類らしく、狂い咲きでは無いようです。
ということで、三陽商会のアウトレット、グリーンアンドブルーファッション(G&B)用賀店。(世田谷区上用賀5-5-10)
ただ、冬物は既にかなり売れてしまっているので、特に女性ものはめぼしいもの無く。
渋谷経由で帰りました。
桜新町 => 島倉さん家(ち)
駒澤大学 => 細い管が技(こまいくだがわざ)
三軒茶屋 => 減産やぢゃ !!
カフェとキッチンを分けるすりガラスの Pâtisserie の文字が、t の横棒が無くて、Pâlisserie になっているのは残念ですが、愛用しているカフェです。
ケーキ屋がパティスリー(pâtisserie)ならば、ゴマ屋は、ゴマスリー??
blessed Maria
語学習得の過程で、いろいろな誤りを犯すのですが、それらの誤りを分析することで、頭の中がどのように働いているかが分かるのだと思います。
過ちから学ぶ。
先日読み終えた、Dan Brown の Angels & Demons 47章に、次のような表現がありました。
母親(名前は Maria)と教会に来ていた Carlo ですが、爆弾テロで母親が目の前で死んでいきました。
"Blood showered down. His mother's blood! The blessed Maria!"
ここを読んでいて不思議なことが起きました。
ここでの blessed は、「祝福された」で、直前にもCarlo が母親のことを blessed Mary と呼んでいたという記述がありました。
"Sometimes he called her Maria benedetta - the Blessed Mary - although she did not like that at all."
ところが、私は何故か、この blessed Maria を、「傷ついたマリア」と理解したのです。
すなわち、フランス語の blesser (傷つける、怪我をさせる)の過去分詞だと勘違いしたのです。
動詞 + ed の規則的な過去分詞の作り方に置いては、おそらく頭の中には、動詞の原形と、ed があるだけで、個別の過去分詞の形は蓄えられていないのではないでしょうか。
私が blessed を見たときに、それを、blesser と ed に分けてしまい、「+ed」は、「英語で規則動詞の過去分詞を作る語尾」ではなく、ただの「過去分詞を作る語尾」となってしまったことから、「傷ついたマリア」と訳した上に、しかもちょうどマリアが血を流して死んでいくところだったことから、間違いに気づくのに少し時間がかかってしまいました。
非常に興味深い経験でした。