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趣味としての外国語学習

「英語できますか? 究極の学習法 (井上一馬著)」新潮文庫

「英語できますか? 究極の学習法 (井上一馬著)」新潮文庫

「英語できますか? 究極の学習法 (井上一馬著)」新潮文庫を読みました。

ブックオフで105円だったと思いますが、まあ、読まなくて良い本です。

 

第一章で「合理的無知」という概念が紹介されます。

「あるひとつのことを知ることによって得られるメリットと、それを知るためにかかるコスト(デメリット)を合理的に考えて、コストメリットを大きく上回るような場合には、それについて勉強する価値はないと判断して、勉強を合理的に放棄する」という考え方と説明されています。

 

様々な外国語学習書は、

1.外国語を学ぶのは善である

2.外国語を学ぶからには、上手にならなければならない

という前提で書かれています。

 

そうした中、「そもそも外国語を学ばなくても良い人もいる。外国語が本当に必要かどうか、よく考えよう」とはっきり言っているのは、社会言語学鈴木孝夫氏くらいでしょう。

この本でも著者は「合理的無知」を引き合いに、これまでは知らなくても良かった人はたくさんいたとしつつも、現代に於いては、もはや「合理的無知」を理由に英語をやらなくて良い人はほとんどいないと言っています。

 

「合理的無知」という概念を出してきたのは拍手ですが、だからといって、今では英語をやるメリットがある人がそんなに多くなっているとは私には思えません。

 

著者が最も書きたかったと言っている第9章。

目新しいことは何もありません。

シュリーマン外国語学習法にヒントを得たと書いています。

 

シュリーマンは、「興味あることについていつも作文を書くこと、その作文を先生の指導を受けて訂正し暗記すること、まえの日に直されたものを覚えて、つぎの授業に暗唱すること」187ページ

を必要としていますが、著者は、ライティングはスピーキングの延長線上にあると考え、「興味あることについていつも話をすること」と、独り言の効用を述べています。

ただし、シュリーマンと違って、「先生の指導を受けて訂正し暗記すること」については、物理的・経済的に難しいといて、必要としていません。

 

スピーキングとライティングが近いという話は、私が中学生の時から述べられていたことで今更何をという感じです。

ここについては、私はむしろスピーキングに行かずに、答えが付いている英作文の問題集を数多くこなすことの方が、正しい単語・構文を覚えるという意味で、効果があると考えます。

独り言の効用については、ロンブ・カトーピーター・フランケルも、澁澤寅彦も述べていますので否定しませんが、きっちりと英作文をやることが必要です。

 

また、シュリーマンは何百ページにも及ぶ本を音読し暗唱することで、(辞書を引かず文法書を読まなくても)単語を覚え文法を身につけたのですが、その部分については著者は採用していません。

確かに、現実的には無理な話ですが、音読の効用等については触れてもらいたかったです。

また、パターンプラクティスを軽視している感があるのは、残念です。