語楽カフェ

趣味としての外国語学習

2006-08-11

生寅の会 バイリンガル能力について

バイリンガルについて、考えてみましょう。

をご覧ください。

バイリンガルにもいろいろな定義があって、第二外国語電車切符が買えればバイリンガルだというような緩いものから、二つともネイティブレベルという完全ネイティブまであるようです。

図2では、日本語(J)と英語(E)の軸を引いています。

完全バイリンガルであれば、両方 100 できるということで、グラフの右上先端に位置することになります。

しかしながら、母語であっても、人によって運用能力に差があることから、ネイティブレベルというのを、60~80の位置であると仮に置き、X軸(日本語(J))のその範囲をマークします。

我々の目指すバイリンガルは、ここから真上に移動し、Y=X の直線と重なった部分です。

この斜線上の範囲では、日本語英語も、60~80のレベルにあります。

さて、60に満たない部分に斜線が引かれています。

ここは、言葉の発達が遅れているというエリアですが、日本語英語の両方でネイティブレベルに達していません。

海外駐在のお子さんが、母語形成の重要な時期に一つの国語をきちんとやれなかったことで、どちらの言語でも自分を表現できなくなる、いわゆるセミリンガルと呼ばれる症状はここに入ります。

このグラフでは、英語能力の発達により、Y=X の軸に向かって登っていくわけですが、果たしてY=Xのグラフを越えてさらに上に行くことはあるのでしょうか。

日本で目にしたいくつかの本で、「外国語能力は母語を超えられない」と書かれていました。(何の説明も無しに)

母語を超えられない」と言うときに、「どの分野で」とか、「母語レベル」についての定義を明確にする必要があると考えます。

例えば、「語彙」というのであれば、超えることは可能だと思います。ある分野について外国語で初めて学んだというケースでは、外国語でしか関連する語彙を持たないことになります。

また、「母語」を例えば「小学校の高学年で確立する」と言うのであれば、中学から外国に渡ってずっと住んでいる人はいつまで経っても小学校レベル母語を超えられないということになりますが、これは正しくないのではないでしょうか。







語学力の低下

木曜はミラノのBocconi の卒業生の会でした。イタリア人5人、日本人5人でした。

イタリア大使館公使もいらっしゃいました。

普段ほとんど使う機会がない中で、結構しゃべれるものだと思いつつ、楽しい夜を過ごしたわけです。

が、しかぁーし!!

先日も書きましたが、人は他人の外国語能力をアウトプット能力で判断しがちです。

最近イタリア語を読む機会がほとんどないことから、自分の読む能力の低下については意識しておりません。

会話であれば相手がネイティブであっても単語の範囲も限られており、またこちらが会話について行けなければ相手も単語や言い回しを変えてこちらに合わせてくれるでしょう。

結果として、「おぉ、結構まだ話せるじゃないか」と勘違いをすることになります。

これは恐ろしいことです。

海外の駐在員の子供が、自宅では親と日本語で流暢に話しているからと安心すると、実は使用される語彙も内容も限られていて、レベルは決して高くないということです。

秋からのイタリア語コースに通おうかと検討を開始しました。